Diary

「日常的な閉塞感から生ずる問題意識」 

 日常的な生活の場において、周囲の自然は減少し続けてきた。都市に人口が集中するに従い、木々の茂る丘に建物が建造され、森が削られてきた。そしてそれは今なお進行し続けている。

 五〇年代にはじまる経済成長によって奪われたものは母なるものとしての自然であり、ふるさとであり、文化であった。それは〈母なき時代〉への突入を意味していた。

(左近淑、『混沌への光』、ヨルダン社、1975年、144頁。)

 街を全体として見渡す時に、以前より顕わになっていることがある。それは住宅地の広がりと共に、木々の茂りがわずかに点在する様子が鮮明になってきたことである。そして木々が残されている場所をよく注意して見ると、そこに地域の神社が奉られていることに気付く。    

 今日において日常的に目にする自然が、ひどく人工的なものとなり、不自然にさえ見えることがある。街路樹や公園の木々は、都市の汚染にさらされ、剪定を重ねた末に悲壮な姿を表わしているものも少なくない。都市に生活する人々にとって、これらの木々は我々と同じ命を持つものとしてではなく、ただの装飾に過ぎないのであろうか。

 神社の森は、周囲の環境と対照的な姿を表わしている。それはまるで、建造物の中に取り残されたオアシスのようであり、そのわずかな自然が貴重な存在として目に映るのである。私たちの生活の場から木々の姿が失われていったように、私たちの自然に対する感覚も、街の景観と共に失われてきたのかもしれない。

「閉ざされた日常」

 日常的な生活の場において、自然は遠く離れた存在となっている。日々において目にするものはコンクリートの建物やアスファルトの道路であり、これらのものが自然に代わる身近な存在として、私たちの心理に影響を与えているのではないだろうか。

 今日のような人工に基づく社会において、自然と重ねて考えられていた理想郷は、もはやかけ離れた世界となってしまった。時代の経過と共に、枠組みにはめられた無機質な日々が造り出されている。

「自然からの隔たり」

 本来において人間の生活は自然と対立するのではなく、調和することによって成り立っており、自然は人間に恩恵を与える生命の根源として記憶されていた筈である。自然が生きている有機的な存在として捉えられていたことを映し出すものに、室町時代後期から安土桃山時代にかけて制作されたと伝えられている「日月山水図屏風」がある。そのもとには、現代に見失われた自然の姿を彷彿とさせるような情景が描かれている。

 山々の曲線、そして陸地に押し寄せる波のうねりには、自然に秘められた力が現出しているようである。

「オアシスと砂漠」

 砂漠の多い中近東において、キリスト教発祥の地は比較的緑豊かであり、自然に恵まれた環境であると言える。古代から文明が栄えた「肥沃な三日月地帯」は、主にチグリス、ユーフラテス両河川の流域を中心として、さらに西方へと広がっている。三日月は地図上において、大きな弧を描きながら地中海沿岸に至り、その西端が聖書における中心的な舞台として知られている地域となる。

 著者は2013年の2月から3月にかけて、1ヶ月間イスラエルに滞在する機会を得た。イスラエルの国土は日本のわずか6%ほどと言われているが、現地を訪れて気付くことは、その限られた土地において北部に広がる緑豊かな地域と、南部一帯に広がる砂漠との両極的な気候の違いが認められることである。

 広範囲な砂漠が広がる中近東において、オアシスは生活に適した理想の土地である。エジプトを離れた古代イスラエルの人々は、砂漠における40年間もの放浪の末、「乳と蜜の流れる地」と称されたカナンの地へたどり着く。砂漠での過酷な生活に対して、カナンの地は将来たどり着くであろう理想郷を意味していた。

 シナイ半島の広大な砂漠に対して、その北部に広がる土地は別世界のようである。イスラエルの地理的な特徴として、北部の地中海気候と南部の乾燥地帯とに区分されるが、砂漠と緑地とは地続きで、距離的にさほどかけ離れてはいない。

イスラエル北部ガリラヤ湖畔の自然

(著者による撮影)

死海近辺における砂漠の風景

( 著者による撮影 )

 内陸部に位置するエルサレムは木々も茂り、比較的緑豊かな街である。しかし市街地から東の方へ移動すると、10kmも行かないうちに緑の姿は消え、辺りは砂礫に覆われた土地となる。この環境の変化はエルサレム東部の丘陵を堺としており、緑地から荒涼たる乾燥地への変化を目の当たりにすることができる。

 このような自然の変化について、人間の生命を育む自然とそれを容易たらしめない砂漠は対照的でありながら、地続きで隣接していることが分かる。そしてそこに人間の生と死が重ねて意識されることになる。

「生命感とうねり」

 太平洋から運ばれてくる暖かく湿った空気により雨がもたらされ、日本の大地を潤している。特に南方では植物の成長が著しい。九州南部に位置する屋久島の原生林には樹齢1000年を越える杉の木が現存している。

 木は上空に向かって垂直に成長する。なお古い樹木は横にも成長するため、それが幹のうねりとなって表われてくる。何百年、あるいは何千年という時を経ることにより独自の形態を帯びてくる。

 木々を育くむ森には静けさが満ち、日常とは異なる雰囲気が感じられる。深い森はまるで別世界のようでありながら、実は我々の日常と密接に関わっている。多くの木々が育成する原生林には水源地があり、大気中に酸素を送り出している。自然は人間が必要とする資源を供給しているのである。

 大自然のなかに実生する原生林に囲まれて暮らした古代人は、樹木の芽生えや繁殖について異常な神秘観を抱いていた。そしてそのような生命の根源、生殖の根底に、山の精霊としての神の絶対的機能を想定した。

(桜井徳太郎、『宗教と民俗学』、岩崎美術社 、1969年 、248頁。)

 過去の人々は自然の恩恵に基づく意識 を抱いていた。そしてそれは今日に生きる私たちにとっても無関係ではないだろう。

屋久島の縄文杉

図版は、八木下弘、『日本の木』、中央公論社、昭和54年、図解111より

「曲線による動き」

 大木の生命感が幹のうねりに表わされているように、植物が育成する様子は視覚的な特徴のもとに捉えられ、それが絵画や彫刻、建築など様々な分野のもとに幅広く用いられてきた。西欧の歴史的な建築によく見かけるが、植物が育成して絡み合う様子が紋様となり、植物というよりは、むしろ植物の内に宿る生命力を抽象化したものとなっている。

S.Miguel 礼拝堂装飾部分 Oviedo, Spain 

図版は、Silvio Locatelli (Redattore capo), STORIA DELL’ARTE VolumeⅢ, ISTITUTO GRAFICO DE AGOSTINI, 1976. p.255より

S.Cugat del Vallés 修道院中庭装飾部分  Catalogna, Spain

図版は、Silvio Locatelli (Redattore capo), STORIA DELL’ARTE VolumeⅢ, ISTITUTO GRAFICO DE AGOSTINI, 1976. p.260より

 紋様は生命の躍動感を視覚的に捉え、表現している。それは人類が太古の昔より感じてきた自然のリズムに関係しているのではないだろうか。自然のリズムは自然界の至るところに及んでいるもので、例えば潮の満ち引きによる波の動きと同調する感覚を覚えるように、自然との一体感を覚えることは人間の原初的な感覚に基づいている。

 縄文時代に制作された土器には自然の「動き」が造形的に表わされており、波や炎の動きが、グロテスクで不可思議な形態のもとに映し出されている。自然の動きを模して表わすというよりは、むしろ自然にまつわる「記憶」を造形的に表わしているようである。

作者不詳、《渦巻状把手付鉢形土器》、 縄文時代中期、土器、高さ42.7cm、井戸尻考古館 

図版は、斎藤忠・吉川逸治、『原色日本の美術 第1巻 原始美術』、小学館、昭和45年、25頁より

 自然の影響は古代の造形に限らず、近代以降の作品にも認めることができる。

 19世紀のフランスにおいて、多くの画家が自然の印象を描くことを試みていた。次の作品には作品の対象である自然が作者の意識と重なり、両者が渾然となっている様子が表わされている。

Vincent Van Gogh、《オリーブ林のある風景》、1889年、カンヴァス・油彩、72.5x92cm、ニューヨーク個人蔵

図版は、下中邦彦(編集兼発行)、『世界名画全集 続巻10』、平凡社、昭和36年、61頁より

Vincent Van Gogh、《星月夜》、1889年、カンヴァス・油彩、74x92cm、ニューヨーク近代博物館

図版は、下中邦彦(編集兼発行)、『世界名画全集 続巻10』、平凡社、昭和36年、68頁より

 多様な曲線のもとに風景が捉えられ、画面を覆っている。大気のうねりは地上の世界をも巻き込み、包み込んでいるようである。ゴッホは自然と向かい合いながら作品を描いていた。その中でこのような表現に至ったのである。

「庭の静けさ」

 次に採り上げる《山水屏風》には、自然界が一つの画面のもとに捉えられている。山裾に人の住まいが描かれている様子から、自然と人間の生活が一体となっている印象を受ける。山々は流麗な曲線のもとに連なり、周囲の風景は曲線に馴染んでなだらかである。

作者不詳、《山水屏風》部分、鎌倉時代、絹本彩色 六曲一隻、縦111.0cm、神護寺蔵

図版は、『日本文化史3 鎌倉時代』、筑摩書房、昭和41年、67頁より

 自然を縮図化して捉えることは、前述の《日月山水図屏風》に共通した特徴であった。自然風景を画面上に反映していたが、今回はそれを造形的に表わした「庭」に視点を置き、山や海を模して造られる石庭に意図されている内容を見てゆくことにしたい。